メメント・モリ航空へようこそ——死を想うための究極のフライト

メメント・モリ航空へようこそ

——死を想うための究極のフライト

搭乗ゲートの入り口に立つと、他の航空会社のような「快適な空の旅をお楽しみください」などという甘ったるい看板はどこにもない。その代わりに掲げられた巨大なドクロのロゴと、「メメント・モリ航空——死を想え、覚悟せよ」の文字が目に飛び込んでくる。

セキュリティチェックは存在しない。金属探知機の代わりに「人生の棚卸しカウンター」が待ち構え、黒ずくめのスタッフが無表情で尋ねてくる。「これまでの人生に未練はありますか?」。隣の客が「元カレに一言言いたい」と呟くと、スタッフは淡々と返答する。「遺書コーナーでどうぞ」。

機内に入ると、CAのアナウンスが流れる。「当機はまもなく現実から乖離します。人生の残り時間を再確認し、シートベルトをお締めください」。

安全ビデオはない。代わりにスクリーンに現れるのはマルクス・アウレリウスを模した無機質なCGキャラクターだ。彼は抑揚のない声で告げる。

今すぐ死ぬかのように、すべての行動を行い、考え、話せ

やがて機体が雲の層を超え、空の青さが深まる頃、機内食が運ばれてくる。エコノミークラスには粗末なパンとワインが静かに配られ、CAが囁くように言う。

人生最後の晩餐をお召し上がりください

ファーストクラスには桎梏の弁当箱が置かれ、その黒漆の蓋には淡々とラテン語が添えられている。

カルペ・ディエム。お前もいつか死ぬ

中身は極上の寿司だ。乗客たちはまるで、死を意識するがゆえに刹那の快楽を謳歌した『デカメロン』の登場人物のように、一貫一貫を静かに口へ運ぶ。

窓の外には、三万フィートの高度をたゆたう雲の平原がどこまでも広がっている。かつて人間が神々の領域と呼んだ場所だ。その時、ふたたびアナウンスが機内に響く。今度はエピクロスの穏やかな諭しだ。

死は原子が元の場所に戻るだけだ。あなたがいる間は死はない。死が訪れる時、あなたという存在はもういない

それは疑いようもない真実のはずだが、この高みでそれを聞くと、静かな動揺が胸の底に広がっていく。

さらに、スティーブ・ジョブズのスタンフォード大学でのスピーチ動画が流れる。

毎日、すぐに死ぬかもしれないと思うことが、人生で最も重要な決断を助けてくれる

機内の乗客はみな神妙な表情をしており、礼儀正しい。泣く赤ん坊に誰も顔をしかめない。むしろ「あの子もいつか死ぬんだな」と微笑む者さえいる。

ある心理学の研究[1]によれば、死を意識すると、人は他者に対してより寛容になるそうだ。

やがて着陸態勢に入ると、CAが再びアナウンスする。

「間もなく現実に戻ります。人生の残り時間をどうぞ有効にお使いください」。

そう、メメント・モリ航空はただの旅客機ではない。それは、人生の価値を再確認するための哲学的な演習場なのだ。

飛行機を降りる頃には、搭乗者の心には静かな覚悟と、ほんの少しの皮肉が宿っている。

死を想うことで、より深く生きられる」。

これはまさに逆説でありながらも、究極の真実でもある。

このフライトは誰にとっても必須だが、予約をする必要はない。なぜなら、今この瞬間こそが私たちのフライトなのだから

 

 

参考文献

1.T. Zaleskiewicz et al. The Scrooge effect revisited: Mortality salience increases the satisfaction derived from prosocial behavior. Journal of Experimental Social Psychology 2015; (59): 67-76