恋愛感情というマルウェアをめぐる進化論

恋愛感情というマルウェアをめぐる進化論

 

 

要約              

恋愛感情は、もはや人類にとって旧型OSである。マンモス時代の生存戦略として設計されたこの「情動プロトコル」は、現代の脳内リソースを食いつぶすマルウェアのような存在だ。近年では、オキシトシン受容体の遮断やtDCSによる脳刺激によって、恋愛感情を“オフ”にする技術が実証されつつある。仏教が説いた執着の手放し、神経科学の自由エネルギー理論とも共鳴するこの流れは、感情を選択可能な「機能」に変える。つまり、知性とは感情を使い分ける力のことなのだ。

 

感情アップデートのお知らせ──恋愛OSのサポート終了です

「ねえ、キミに恋してるんだ」 

「ふーん、それ今月のバグだよ。最新パッチで塞いだら?」 

こんなやりとりが日常になる日が、もうすぐ来る。恋愛感情なんて、人類史では確かに崇高なテーマだったかもしれない。詩が生まれ、血が流れ、心が震えた。しかし、あれは石器時代の幻想である。恋愛感情など「古いOS」にすぎない。互換性切れてるのに、無理やり動かしてるだけではないのか。

 

恋愛OS 1.0──マンモス時代のサバイバルパッチ 

恋愛感情の初版は、シンプルな設計思想から生まれた。「この相手とマンモス倒して、子育てして、部族に貢献しようぜ」というやつだ。当時は泣けた。燃えた。ポエムまで量産された。でも冷静に考えてみよう——あれは子孫繁栄の最適化のための思考停止にすぎない。 

「LINE既読スルーされて胃がキリキリする」って感じる回路、あれ元々は「異性が別の狩人に取られるかも」って焦るための仕掛けである。それが2025年に必要なのか。 マンモスは、どこにいるのか。まだ使うなら、せめてアップデートしたほうがよい。

面白いことに、恋愛は「なぜ好きか」がハッキリすると逆に芽生えない。容姿がいいから? もっと美人がいる。金持ちだから? もっと金ある奴がいる。有名人? 他にもゴロゴロいる。理由が明確だと、相手が「唯一」ではなくなる。恋は、根拠が隠れてるからこそ成立するバグなのだ

 

恋愛感情=脳内リソースの寄生虫

恋するティーンの1日をトレースしてみようか。 

– 朝起きて、彼や彼女のこと思い出す。 

– 仕事や勉強に集中しようとする。通知来る。返信考える。脳内でシミュレーション始まる。 

– 返信遅い。頭フル回転で推理。不安炸裂。将来設計がぐらつく。 

– 結果:集中力は木っ端みじん、長期目標からは脱線。 

これは、マルウェアそのものである。感染すれば、学習OSがリソース食われて落ちる。脳科学的に言うと、A10神経と前頭葉が連携して「恋愛モード」になり、脳がその対象に占拠される。

ドイツの詩人ローガウは、このマルウェアについてこう語る。

「恋が家に入ると、知恵が出ていく」

(Wo Liebe zeucht ins Haus, Da zeucht die Klugheit aus)

 

恋愛感情にはPEA(フェニルエチルアミン)という脳内物質が絡んでいる。恋の初期にバンバン分泌されて、感情を演出する。でも関係が安定すると減り、最長3年でゼロになるらしい。さすがにバカで居続けるのは命に関わるから、脳が正気に戻るわけだ。ただし現代人は忙しい。3年も待ってられない。なので、ウイルスバスターと同様に、情動バスターが必要になる

 

恋愛オフが保険適用になる日

こんな未来を、想像してみよう。 

– 高校生A君:「受験に集中したいんで、恋愛OS一時停止でお願いします」 

– 脳神経科医:「オキシトシンブロッカー処方しとくよ。副作用? 思考がクリアすぎて困るくらいかな(笑)」 

そんな素敵な世界が、もうすぐ来るかもしれない。

恋愛中には、刹那的快感系——今さえ気持ちよければいいという回路が暴れて、長期的な視野が消えてしまう。結婚にしても、「この人しかいない」という壮大な勘違いが原動力だ。

「気分は高揚し、なかなか眠れない。考えることが止まらず、話し続けてしまう。注意散漫になり、社交的にも性的にも活発になる。リスクを取り、浪費し、自分をさらしやすくなる」——これは恋愛の話にしか見えないが、実はDSM-5の「躁(マニア)」の診断基準である。そう、恋愛感情は病気なのだ。

 

ちなみに仏教は、2500年前に喝破していた。「執着を手放せ」と。恋愛感情なんて、まさに執着の筆頭である。 

最近は精神病のリストがどんどん増えており、昔は病気ではないとされたものが病気扱いされるトレンドがある。将来、恋愛感情が普通に病気認定される日は近い。病気なら、薬で「治療」の対象となる。 そして、治療技術への研究の萌芽は、すでにある。

 

薬でオフ

アメリカのエモリー大学がプレーリーハタネズミで実験した。オキシトシン受容体を薬でブロックしたら、長年のパートナーに興味ゼロになった(Horm Behav, 2016)。恋愛のスイッチ、オフにできるという証明だ。人間でもそのうち、「恋愛やめ薬」が出回るだろう。

 

電気でオフ

さらに、ヘッドセットで数分、脳をビリビリ刺激すると、失恋の落ち込みが和らぐという研究もある。不安が減って、気分が上がり、感情コントロールも上達だそうだ(J Psychiatr Res, 2024)。まだ初期段階だが、SSRIやTMSと組み合わせれば、恋愛感情の「強制終了」が現実になる。 

将来、「恋愛をナチュラルに放置してるの? 不衛生だね」と言われる時代が来るだろう。

 

結論:感情はスイッチだ、知性は使い手

感情は将来、「選べる機能」になる。 

– 恋愛したい? ONにしろ。 

– 今は集中したい? OFFでいい。 

賢者とは、感情を操る奴を意味するようになる。しょせん人間らしさなど、アップデート可能な設定にすぎない。その時代は、すでに始まりつつある。 

(ついでに言うと、この「自由」が自由意志という幻想を照らすのだが、まあ、それはまた別の話だ。) 

 

追記

このエッセイ読んで「冷たすぎる!」ってムッとしたあなた——恋愛OSが古いままのようなので、最新版に更新したほうがいいのではないか。

 

参考文献

References

・Johnson ZV, Walum H et al. Central oxytocin receptors mediate mating-induced partner preferences and enhance correlated activation across forebrain nuclei in male prairie voles. Horm Behav. 2016 Mar;79:8-17

 

・J. Alizadehgoradel et al. Targeting the left DLPFC and right VLPFC in unmarried romantic relationship breakup (love trauma syndrome) with intensified electrical stimulation. Journal of Psychiatric Research. 2004; 175:170-182

 

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