『無理ゲー社会(橘玲著)』レビュー
タイトルの「無理ゲー」は「攻略が無理なほど難しいゲーム」の略語であり、本書では「格差社会の底辺にいる人達がどう足掻いても復帰できない現状」を意味する。
「世界がリベラル化するほど格差は拡大していく」という残酷な事実を、著者は論理的かつ実証的な筆致で容赦なく暴きだしていく。深く考えもせずにリベラル化をアホ面して喜んでいた(私のような)読者にとっては、耳の痛い話が多すぎて耳がもげそうになるだろう。
私たちが忘れてはならないなことは、「リベラル(自由)な社会では『自分らしく生きること』を奨励されるが、それができない人達が沢山いるということだ。自由を謳歌できず、がんばれず、モテず、責任という重圧に苦しみ続けることしかできない人々を「自己責任」の名の下に冷たく切り捨てていくのが、現在の社会である。そうやって社会の下層に押しやられた人々の怨念が、社会の分断を引き起こし、絶望死やネトウヨなどの形でばんばん吹き出しているのだ。
いちばんの問題は「自己責任」という考え方じたいが「神話」であることだ。筆者は政治的にヤバい橋を渡ることを覚悟の上で「努力できるかどうかの半分は遺伝で決まる」という衝撃の実証的データ(双子を対象とした2700件以上の研究のメタ分析結果)を示したうえで、自己責任神話の偽善を前景化していく。
現代社会の「無理ゲーぶり」は、単に「ベーシックインカム(BI)」を導入すれば解決するという次元の話ではない(BIの致命的な弱点—誰がBIを受け取るのか—も本書で詳述される)。
個人的に最も面白かったのは、本書の終盤で描かれる「あり得る未来のシナリオ」だ。なかでも「すべての私有財産に定率の税をかけることで、市場主義システムは社会を共産主義に変えていく」や、人間の脳をいじることで人間の心のあり方を強制「進化」させる技術(Brain Computer Interface)などのぶっ飛んだ内容が登場するなど、最後まで刺激的な一冊となっている。
以下は、この記事の動画版です。関連論文の紹介もあります。