書籍『センスの哲学』(千葉雅也著)レビュー

※このレビューをアマゾンに投稿したところ、著者の千葉雅也さん本人にツイッターで紹介されました。

はいはい

この本は、大雑把に表現するなら、「人生が10倍楽しくなる本」だと言える。

本書において筆者は「センス」に様々な定義を与えているが、私なりにこの言葉をまとめると「日常に潜むリズムを発見し、それを通じて、世界をより豊かに感じる力」となる。

本書のキーワードである「リズム」は、ふつう音楽用語として使われるが、著者はこの言葉を拡張し、視覚や生活全般のリズムにまで言及する。たとえば、何を描いているのかわからない抽象画を見たとき、私をふくめて多くの鑑賞者は「意味がわかりましぇん・・」と途方に暮れることだろう。しかし、もしリズムとしてこの絵画を捉えるなら、「黒色と白色の境界には色の断絶があり、これをリズムの変調として見ることができるな・・」などと考えることができる。ここでは、意味を求めずに、リズムそのものを楽しむことに重点が置かれている。

このように「リズムとして物事を感じる」アプローチをとることで、私たちは意味の束縛から解放され、これまで楽しめなかったものを新たな眼で楽しめるようになる。ここで言う「意味」の放棄は、同時に「言葉」の放棄でもあり、それはの教え、あるいは動物的な世界観への回帰とも解釈できるのではないだろうか。言葉から解放されることで、私たちは動物としての根源的な「深い喜び」を再発見できる。そこには、ある種の癒やし—やや大袈裟に言えば「救済」—とも呼べるものがあるように思う。ちなみに子どもは、えてして大人よりも、世界を生き生きとした鮮やかなものとして感じている。その理由のひとつは、子どもたちが(言葉が未発達であるがゆえに)「意味」にとらわれず、直感的に「世界のリズム」を楽しんでいるからかもしれない。

本書を読むことで私たちは、日々の色々な出来事や小さな変化に敏感になり、それ自体を楽しむことができるようになるだろう。聴覚、視覚、日常生活におけるリズムを含め、さまざまなリズムが織りなすオーケストラのようなものとして人生を捉え直すことで、人生をより深く、より豊かに楽しむことができるようになるはずだ。

本書を応用するにあたって一つ注意したいことは、「微細なリズムに注意を払うようになると、脳が処理する情報量が増える」ことだと私は思う。そのためには、物事をゆっくり味わえるように、心のギアを低速に切り替える必要があるだろう。

さらに本書は、読者の創造性を刺激し、完璧でなくても自らの感性に従い(ヘタウマ)、何かを創造する喜びを味わうことをも提案している。

このように『センスの哲学』は、リズムを通じて世界を新しい視点から捉え、人生をよりカラフルに、より深く、楽しく、かつ創造的に生きるための優れたガイドブックである。