童話『井戸の底』 村の外れに、底の見えない井戸があった。 石を落としても音はしない。縄をいくら継ぎ足しても、底には届かなかった。学者が深さを計算したが、翌日には数字が合わなくなった。 村人たちは井戸を埋めようとした。土も岩も、投げ込んだ分だけ消えていった。 ある夜、子どもが井戸の縁から叫んだ。 「おまえの底には、何がある」 返事はなかった。 翌朝、井戸の縁に亀裂が走っていた。 村人には、それが文字のように見えた。 まだない それから、誰も井戸を覗かなくなった。 子どもだけは、毎日そこへ通った。 だがある朝、子どもはいなくなっていた。 井戸の底も、まだなかった。