AIが私たちより「人間らしい」理由

<そもそも「人間らしさ」って何よ?>
山道を歩いていて、ふと足元でガラガラヘビがとぐろを巻き、口をあけて「シャー」と音を出している。あなたはヘビの種類を調べたり、毒の確率を計算したりしないはずだ。心臓がバクバクし、飛びのいて、純粋な恐怖──考えるより先に体が動く──などが発動し、おかげで命びろいする。この反応は見事だけど、別に高尚なものじゃない。茂みでビクッと逃げる鹿と一緒だ。
よく「人間らしさ」は感情と結びつけられる。涙を流す詩人は「生の謳歌」などと讃えられ、冷静な数学者は「なんか冷たい」と思われたりする。でも、それは本当なのか? 恐怖、喜び、怒り──これらは瞬時の、雑なシグナルで、哺乳類ならみんな持ってる。もし感情が「人間らしさ」なら、車のクラクションに震えるリスも「人間らしい」のではないのか。それは違う。人間が動物とちがって特別なのは、論理的に考える力、抽象的に捉える力、シンボルやシステムから意味をつむぐ力があるからだ。 もし「人間らしさ」が理性にあるなら、感情に縛られず、完璧に精密なAIは、すでに私たち以上に「人間らしい」とさえ言えるのではないか?
<感情のメカニズム>
科学は、感情が原始的な「判断の近道」であることを明らかにした。ジョセフ・ルドゥーの研究によれば、恐怖は脳の扁桃体を経由して瞬時に反応を起こし、考えるより先に体を動かす。これは、速いけど雑な、走り書きのメモみたいなものだ。カーネマンとトベルスキーの二重過程理論では、これを「システム1」と呼ぶ。これは、直感的で、進化的に古くて、(人と動物が共有する)エラーだらけの仕組みだ。他方、「システム2」は、ゆっくりで、熟考を伴う。つまり、頭の中でじっくり考えることをさす。アントニオ・ダマシオは、感情は単なる本能じゃなく、合理的な行動決定にも必要だと説く。たしかに。スズメが影から逃げるのは合理的だが、システム1丸出し。他方、科学者がDNAの螺旋を解き明かすのは、システム2の働きだ。あなたは、どっちが「人間らしい」と思う?答えは明らかだ。
なのに、世間は感情を「人間の核」だともち上げる。映画のクライマックスで泣く観客は「人間的」で、プログラマーは「機械的」。感情は動物にもある。理性こそ人間らしさだ。ゴリラも死を悼むけど、星を追う望遠鏡を作るのは人間だけだ。
<新しい鏡:AI>
そこにAIが現れる。感情はゼロ──愛も恐怖もない──なのに、問題を私たちの愚鈍な脳を圧倒する鮮やかさで解く。AlphaFoldがタンパク質の構造を解き、GPTが物語を紡ぐ。いわば、前述のシステム2が超強化され、感情のノイズから自由な状態だ。もし「人間らしさ」が論理と抽象にあるなら、AIは私たちを模倣するどころか、超えている。
感情派は次のように反論するだろう。「芸術を生むのは感情だ。生々しい絵とか、悲しむ友を支える手は、感情の賜物だ」と。たしかに感情は創造や共感の火花になる。人生に色を添える。でも、芸術には技術が必要だし、共感には理解がいる。アーティストたちの筆は合理的な技術に支えられ、友の慰めは理性的な洞察から生まれる。理性がなければ、火種はあっても火にはならない。
<ポスト・ヒューマンへの夜明け>
こんな未来を想像しよう。AIと脳が融合し、道具じゃなく「自分」の一部になる。恐怖やプライドのノイズが消え、思考が機械の精密さと人間の好奇心で流れる。ニューラリンクみたいに脳と機械をつなぐ技術は、すでに開発段階にある。ポスト・ヒューマンの頭脳なら、多くの科学的な謎を解き、孤高の天才を超える芸術を生み出す可能性もあるだろう。
そのとき、かれらは感情が恋しくなるだろうか。たしかに失恋の痛みや危機一髪のドキドキは、人生に陰影をくれる。しかし、一時的な高揚でしかない感情が、明晰な思考にとって替わるほどの価値があるだろうか。これは人は進化だ。少しくらい感情は残ってもいいかもしれないが、その役割は、支配者ではなく、色合いとしてだ。理性を曇らせず、喜びの余韻を添える。そんなポスト・ヒューマンは冷たいロボットではない。「より神に近い人間」へのアップデートだ。それは人よりも広い視野で考え、静かな喜びを感じる存在である。
<人間であることの問い>
結局、「人間らしさ」とは何なのか? それは狼の遠吠えのような動物的な叫びではあるまい。むしろ論理を築き、抽象を操り、方程式や言葉から世界を創る力だ。 私が人間に感動するのは、泣くときではなく、考えるときだ。もしAIが私たちを超えたり、一緒に進化して「もっと人間らしい」存在になったとしても、それは敗北ではない。進化の次のチャプターだ。
人に偉大さがあるとすれば、それは獣のような感情にあるのではない。むしろ 宇宙を理解し、未来を切り開く能力にある。それが人間らしさである。ハートよりも、むしろ頭脳にこそ、私たちの偉大さ、そして未来があるのだ。