社会の結晶とモース硬度
—–短期秩序と長期生存のあいだ—–
要約
DNAも国家も、実は同じ構造物だ。社会の「硬さ」を無理矢理モース硬度になぞらえて眺めると、秩序は固めることで生まれるが、固めすぎると割れ方が派手になる。硬さに善悪はなく、重要なのは配置と時間軸だ。自分の硬度を道徳や自然法則だと思い込むと、社会はだいたい危ない。
DNAは結晶的だ。
細胞というノイズだらけの環境の中でなぜか秩序を保ち、律儀に自分を複製する。
まるで学級崩壊した教室の中で、黙々とチャート式<数学B>の問題を解き続ける優等生のようだ。
ただしこの結晶に永久保証はついていない。
長い時間軸では、変異と組み替えによってアッサリと自分を裏切る。忠誠心はないらしく、むしろ裏切り込みで設計されている。
生命は「壊れない」ことで生き延びたのではなく、壊れ方を内蔵することで生き延びたのだ。
社会も同じだ。社会は本来、流動する。
人が集まれば意見は割れ、昨日の正義は今日の黒歴史となる。
だが運用するには固めるしかない。
そこで登場するのが、規範、制度、慣習。
いずれも「正しいから存在している」のではない。
単に「固まってしまったから残っている」だけだ。
問題は正しさではない。どれくらい固めるか、それだけである。
以下に、世間が抱きがちな国イメージを、あえてモース硬度表に押しこむ思考実験をする。遊びだが、うまく遊ぶと社会の癖が見える。ここで言う硬度は、「変化への抵抗」「変更コスト」「削られにくさ」ていどの意味で使う。
◆ 硬度10:ダイヤモンド級
サウジアラビア
規範は神聖。法と信仰は同一素材で鋳造。
日常運用は迷いがなく、極端に硬い。
更新という概念は制度上ほぼ想定されていない。
ただしダイヤモンドには劈開面がある。
特定の方向から力が入ると、驚くほど簡単に割れる可能性がある。
◆ 硬度9:コランダム(サファイア)級
日本
規範は強いが、どこにも書かれていない。
それでも全員が守る。説明は不要。空気読め。
割れにくいが、再加工がとても難しい。
◆ 硬度8:トパーズ級
ドイツ
規範は分厚いマニュアル。
例外は脚注、その脚注の脚注。
削れるが、削り方も説明書どおりでなければならない。
手続きが迷宮化すると更新速度が落ちる。
◆ 硬度7:石英級
シンガポール
法は鉄壁。秩序が最優先。
違反は即コスト化され、容赦ない。
ただし効率が根拠なので、溶かす判断も速い。
効率で測れない価値は後回しになりがち。
◆ 硬度6:長石級
中国
表向きはガチガチ。
だが国が大きすぎて、中央の指示が末端まで行き渡りにくい。結果、実装段階では解釈が支配する。
◆ 硬度5:燐灰石級
フランス
理念は絶対だが、制度は毎日削られる。
会話は「私は反対。なせなら・・」から始まるのがデフォルト。
実装は永遠に完成しない。
◆ 硬度4:蛍石級
イタリア
規範は存在するが、主に鑑賞用。運用は別の宇宙で回る。
遅刻は怠慢ではなく、時間を交渉可能にする文化資源。
柔らかさは魅力だが、EUから「仕様書どおり動け」と負荷がかかると、一気にガタつく。
◆ 硬度3:石膏級
アメリカ合衆国
すぐ壊す。すぐ作る。
制度も、計画も、合意も、驚くほど軽いフットワークで解体され、また組み直される。
後ろ(歴史)が軽いので、振り返って立ち止まるコストが低い。だから皆、基本的に前向きだ。
失敗は反省材料というより、次の試作に進むための踏み台。
ただし硬い骨同士が衝突すると修復は困難。
◆ 硬度2:滑石級
インド
州が違えば別ゲー、役所が違えば別ルール、窓口が違えば別宇宙。
全体像を誰も把握できない。
部分最適は無限に存在するが、全体設計図はどこにもない。にもかかわらず、なぜか社会は今日も平然と動いている。
◆ 硬度1:限界状態
無政府・長期内戦(例:ソマリア内戦期)
もはや液状化の一歩手前。
ルールがあっても無いに等しい。
ある意味、究極の自由。
結論
硬度に善悪はない。硬いから偉いわけでも、柔らかいから進歩的なわけでもない。
あるのは、時間との相性だけ。
短期の秩序維持には、硬さがよく効く。
長期生存には、適度に砕ける仕組みがあったほうがいい。
壊れない設計より、壊れ方を知っている設計のほうが長持ちする。
もっとも、柔らかければいい、という話でもない。
硬い土台があるからこそ、精密さが育つこともある。
逆に、柔らかさは気づけばただの崩壊になっているケースも多い。
全部を硬化させるのは非合理だし、全部を柔らかくするのは事故待ちだ。
DNAはそれをやっているが、社会はしばしば忘れる。
自分で選んだ硬度を、自然法則だとか、道徳だとかに格上げした瞬間、結晶は信仰になり、都合よく劈開面を隠し始める。
あなたの社会はどの硬度を誇り、どの時間軸を最適化しているだろうか。
その社会の裏側に走っている劈開面は、どこにあるのか。割れる前に、その場所くらいは見ておいたほうがいいかもしれない。